浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)385号 判決 1982年5月19日
原告(反訴被告)
株式会社東陽相互銀行
右代表者
田村毅陸
右訴訟代理人
海老原信治
被告(反訴原告)
中田文子
右訴訟代理人
田宮甫
外四名
主文
1 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、一四二万七三〇九円及びこれに対する昭和五四年四月二六日から完済までの年六分の金銭の支払をせよ。
2 その余の原告(反訴被告)の請求を棄却する。
3 反訴原告(被告)の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
5 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
(本訴について)
一原告が銀行業務を目的とする相互銀行であることは、当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 被告の夫である中田行雄は、不動産業を営む正田工務店株式会社を主宰していたが、同会社が建売り住宅を販売する際、原告から住宅ローンの取扱いを受ける必要があり、それには、あらかじめ原告に定期預金を預け入れておくことが実際上要請されていた。しかし、同会社や中田個人には預金するだけの資力がなかつたため、中田行雄は、昭和四九年八月頃、かねて融資等で世話になつていた西久保良雄に対し、右住宅ローンの取扱いを受ける必要上原告に定期預金をしてくれるよう依頼し、同人の承諾を得た。
2 西久保良雄は、昭和四九年八月二〇日、中田行雄とともに原告の春日部支店に赴き、同店の係員に対し、前記の趣旨で預金をする旨申出、その了解を得たので、自ら持参した金銭によつて五口合計五〇〇万円の定期預金(期間はいずれも二年)を預け入れたが、預金名義人については、将来前記会社や中田個人に対する債権者らの追及を避けるためといわゆるマル優を利用する関係から、中田及び自己の家族名義とすることとし、被告名義で一五〇万円、中田千秋、中田由希及び西久保有里名義で各一〇〇万円、西久保清名義で五〇万円とした。
3 その際、各定期預金の預金証書には、西久保良雄が、同人が所持していた各印鑑を押捺した。そして、同人は、前記係員から右各定期預金の預金証書を受領し、以来、右各印鑑とともにこれを所持していた。
4 その後、預金金利の引上げがあつたため、西久保良雄は、昭和四九年九月二八日、原告の春日部支店において、前記各定期預金証書及び各印鑑を持参して定期預金を解約したうえ、あらためて、被告名義で一五〇万円、中田千秋及び中田由希名義で各一〇〇万円の、満期日を昭和五一年九月二八日とする定期預金を預け入れ、同店係員から各定期預金の預金証書を受領した。そして、以来同証書及び右印鑑(中田名の三個分)は、すべて西久保良雄が所持していた。
以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、昭和四九年八月二〇日預け入れられた各定期預金及び同年九月二八日これを解約して預け入れられた各定期預金(以下後者を「本件各定期預金」という。)については、いずれも、西久保良雄がその出捐に係る金銭をもつて自分の預金とする意思のもとに預け入れたことが明らかであるから、本件各定期預金の預金者は、その名義にかかわらず、同人であると認めるのが相当である。
二次に、本件各定期預金について、昭和五一年八月頃、原告の春日部支店から被告、中田千秋及び中田由希に対し満期到来の通知があつたこと、そして、被告が同支店において、(イ) 同年九月二五日、預金証書喪失届、改印届及び住所変更届を提出し、(ロ) 同年一〇月一二日、継続を申出、各金額に利息を加算して、被告名義で一七五万七七三円、中田千秋及び中田由希名義で各一一六万七一八四円の、満期日を昭和五二年一〇月一二日とする各定期預金を預け入れ、(ハ) 昭和五一年一一月二二日、これを解約して各金額・利息の合計四〇九万六六一〇円の払戻を受けたことは、当事者間に争いがない。
そうすると、本件各定期預金の預金者が西久保良雄である以上、その継続として預け入れられた右(ロ)の各定期預金についての権利も同人であるといわざるをえないから、被告が原告の春日部支店から右(ハ)の金銭を受領したことは、法律上の原因がないものであり、これによつて、原告は、同額の損失を受けたことになる。
三ところで、被告が、未成年者である中田千秋及び中田由希の母であり、右両名の法定代理人たる地位をも兼ねて前項(イ)、(ロ)、(ハ)の行為をしていることは、当事者間に争いがない。
したがつて、被告が昭和五一年一一月二二日に受領した四〇九万六六一〇円のうち、被告名義の預金一七五万七七三円及びこれに対する払戻日までの利息四九一五円の合計一七五万五六八八円については本人として、その余の分については中田千秋及び中田由希の代理人としてそれぞれ払戻を受けたものとみるべきである。
そうすると、右払戻によつて被告が利得した金銭は、本人分の一七五万五六八八円だけであつて、その余の分については、法律上被告自身に利得があつたとはいうことができない。
以上によると、不当利得に基づく原告の主位的請求は、右一七五万五六八八円から原告の自認する相殺額三二万八六四九円を差引いた残額一四二万七三〇九円及びこれに対する昭和五四年四月二六日(訴状送達の翌日)から完済までの年六分の金銭の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分については理由がない。
四そこで、右理由のないとする部分について、原告の予備的請求を判断する。
原告は、被告が本件各定期預金について預金者でないことを知りながら払戻金を騙取した旨主張するが、当時、被告において、預金者が西久保良雄であることを知つていた事実は、これを認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>によると、
1 原告の春日部支店においては、内部的な連絡不行届があつたため、昭和五一年八月頃、本件各定期預金の満期通知を名義人である被告、中田千秋及び中田由希宛に郵送した。
2 被告は、右満期通知を受領するまでは、中田行雄から、昭和四九年八月二〇日に被告、中田千秋及び中田由希名義で各定期預金が預け入れられたこともその後の書替えの話も聞いたことはなく、本件各定期預金の存在を全く知らなかつたが、当時正田工務店の倒産に伴い失踪中であつた中田行雄が妻子のためにその名義で定期預金をしてくれていたものであつて、定期預金証書や印鑑が被告の手もとにないのは、被告一家が埼玉県春日部市から現在の被告肩書地へ転居した際に紛失してしまつたためであろうと考え、原告の春日部支店に電話で引越しのため定期預金証書や印鑑が見当たらない旨を申出たところ、同店の係員から住民票と印鑑をもつて来店するよう回答されたので、昭和五一年九月二五日、同店に行き、指示されるとおり、本件各定期預金について、被告、中田千秋及び中田由希名義で各預金証書喪失届、住所変更届及び改印届を提出し、その後前記のとおり、同年一〇月一二日継続により各定期預金を預け入れ、同年一一月二二日、その解約払戻をした。
以上の事実が認められるのであつて、これによると、被告は昭和五一年八月頃、原告から満期通知を受けて、本件各定期預金の存在を知つたが、それ以降、名義人である自分、中田千秋及び中田由希がその正当な預金者であると考えて、同年一一月二二日の払戻に及んだものということができる。
原告は、また、被告が本件各定期預金の出捐者を調査しなかつた点で過失があると主張する。
しかし、当時中田行雄は失踪中であり、事前に西久保良雄から本件各定期預金に関する連絡があつた形跡もないから、被告が夫や西久保良雄に対し本件各定期預金のことを問いただすことは容易に期待できないし、また、一家が引越しをした事実、特に、被告の照会に対して、原告の春日部支店の係員が、何らの疑義も挾まずに手続を指示し、継続、解約、払戻請求に応じている事実をあわせると、被告が本件各定期預金の出捐者を調査しなかつたとしても、その点に過失があつたとはいえない。
したがつて、不法行為に基づく原告の予備的請求は理由がない。
(反訴について)
一反訴請求の原因は当事者間に争いがない。
二抗弁について判断する。
1 抗弁1(錯誤)について
預金契約においては、当該預け入れにかかる金銭がいかなる経緯によつて取得されたものであるかは、契約の要素とはならないものと解するのが相当であるから、抗弁1は主張自体失当である。
2 抗弁2(詐欺)について
被告において本件各定期預金の預金者が西久保良雄であることを知つていた事実は、これを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであるから、被告に本件各定期預金の金銭を騙取しようとする意思があつたことを前提とする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当である。
3 抗弁3(相殺)について
原告が被告に対して不当利得返還請求権一七五万五六八八円を有することは前説示のとおりであり、原告が被告に対し本訴において請求の債権四〇九万六六一〇円と被告主張の預金債権三二万八六四九円とを対当額で相殺する旨の意思表示をし、右意思表示が昭和五四年三月五日、被告に到達したことは当事者間に争いがない。
そうすると、被告主張の預金債権は既に消滅しているから被告の反訴請求は失当である。
(むすび)
以上の次第であるから、原告の本訴請求は前記判示の限度において認容し、その余の部分及び被告の反訴請求は棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(橋本攻 一宮なほみ 綿引穣)